医療機器の開発現場に身を置いていた者として、最近ひしひしと感じるのは「ユーザビリティ」の重要性です。
たとえば医師や看護師といった医療従事者だけでなく、検査技師や臨床工学技士、さらには患者さん自身が機器を扱う場面も増えてきました。
医療機器の操作が難しい、分かりにくい、負担が大きい――そんな“現場の声”が無視できない時代です。
開発サイドとしては「安全基準」「法規制」「コスト」など多くの優先事項がありますが、そこに“ユーザビリティ”の視点をしっかりと組み込むことが欠かせません。
実際、私も医療機器メーカーでの開発と品質管理の両面を経験し、ユーザビリティの欠如によるクレームや不具合対応を目の当たりにしてきました。
そこで本記事では、私のような現場経験者が、医療機器のユーザビリティ設計を成功させるために押さえておきたいポイントをまとめます。
医療従事者の“生の声”をどのように開発段階に反映させるか、具体的な要件定義から評価テストの進め方まで、プロセスを一通り解説します。
最後まで読むことで、実務にすぐ活かせる知識とヒントを持ち帰っていただけるはずです。
目次
現場の声を活かすユーザビリティ設計の基本
医療機器のユーザビリティとは何か
「ユーザビリティ」という言葉を聞くと、まずはアプリやウェブサイトの操作性をイメージする方も多いでしょう。
しかし医療機器においては「誤操作を防ぐ安全性」と「直感的な操作のしやすさ」を両立させることが最大の目標となります。
「ユーザビリティ」は、医療現場で発生しうるヒューマンエラーを最小化しつつ、安全・的確に目的を達成できる設計を追求すること
医療機器は誤操作によって患者の安全を脅かすリスクもはらんでいます。
だからこそ、現場の人たちが「使いやすい」と感じる設計思想を、開発初期から組み込むことが大切です。
ユーザビリティエンジニアリングのプロセス
ユーザビリティエンジニアリングでは、以下のような流れを踏むのが一般的です。
- ユーザーのタスク分析と要求事項の洗い出し
- 試作品(プロトタイプ)を用いた検証
- テスト結果を反映した反復的な設計改善
- 最終評価・承認
特に医療機器の場合、品質管理の観点からもユーザビリティのテスト工程をしっかり記録・評価することが求められます。
私が品質管理部門にいた頃は、ユーザビリティに関するクレームが上がった際、その根本的な原因を探ることが難しいケースに直面することもありました。
いざ原因を調べようとしても、ユーザビリティテストのプロセスやデータが十分に残っていない……。
そうした残念な事態を避けるためにも、開発の初期段階からユーザビリティを組み込み、プロセスの可視化を意識することが重要です。
現場リサーチの進め方と要件定義
利用者インタビューの効果的な方法
医療機器のユーザビリティを考えるうえでは、まず実際に利用する人たちの声に耳を傾けることが欠かせません。
医師、看護師、検査技師――関わる職種によって抱える課題や視点は異なるからです。
- 医師: 診療全体を見渡したうえで治療効果や患者安全に直結する操作を重視
- 看護師: 点滴や注射、バイタルサイン管理など多くの業務をこなしながら、タイムプレッシャーの中で機器を操作
- 検査技師: 画像検査や生体情報モニターなどの正確な計測と効率的なワークフローを追求
インタビューに臨む際には「具体的な作業プロセスのヒアリング」「痛点(ペインポイント)の深堀り」「操作時の身体的負担や心理的負荷の確認」がポイントになります。
私の経験上、あらかじめ操作シナリオや質問項目を準備しておくと効率的ですが、相手が話している間はあまり口を挟まず傾聴に徹する姿勢が大切です。
ユーザビリティ要件の整理と優先順位
現場の声を集めると、多数の要求や課題が浮かび上がります。
しかし開発リソースには限界がありますし、すべての要望に同時対応できるわけではありません。
そこで必要となるのが、要件の整理と優先順位付けです。
次のような視点で整理すると進めやすいでしょう。
- 安全上のリスク: 重大な医療事故につながる可能性のある項目
- 業務効率への影響: 毎日のオペレーションを大幅に改善できる要素
- コスト面の制約: 製品価格や開発コストに大きく響く項目
- ユーザビリティ向上度合い: 最終的な使用感に大きく影響する使いやすさの要素
私が実践していた方法としては、要件をリスト化したうえで、各項目に対し「発生頻度」「深刻度」「検討余地(実現可能性)」などのパラメータを点数化して管理するやり方があります。
これによって、チーム内での合意形成がしやすくなるメリットがあります。
設計段階での具体的アプローチ
モックアップ・試作品による検証
実際の開発工程では、頭の中やドキュメントだけでデザインを完結させるのではなく、なるべく早い段階でモックアップ(ワイヤーフレームやGUIの簡易版)や試作品を用いて検証することが重要です。
私も品質管理部門と連携してテストを行う際、初期のプロトタイプを医師や看護師に触ってもらい、生のフィードバックを得る場面が多々ありました。
- 簡易的なモックアップなら短期間で作成可能
- 早期に問題点を発見して修正コストを抑える
- 現場のユーザが実際に操作した際の感想が得やすい
ただし、高精度の試作品を作る場合は製造コストがかさむので、慎重にスケジュールと予算を検討する必要があります。
「とりあえず形にする」段階と「ほぼ完成品に近い状態で評価する」段階の2ステップに分けて考えると、段階的にユーザビリティを高めていけます。
視覚デザインと操作フローのポイント
医療機器は、多岐にわたる情報表示と操作機能を備えることが多いですよね。
さらに、利用者は医師や看護師だけでなく、患者さん自身で操作するケースもあります。
ここで大切になるのが「画面やボタンの配置」「色やフォントなどの視覚的要素」「アラート表示の仕方」などのデザイン全般です。
実は私が女性エンジニアとして重視しているのは、見た目の“やさしさ”です。
字体や配色が洗練されているだけでなく、操作案内が分かりやすいようにアイコンや図示を適切に配置すること。
具体例を挙げると、緊急アラート用のボタンはあえて色を変える、あるいは触覚フィードバック(ボタンの押し心地やクリック感)で違いを出すなど、操作ミスを減らす工夫があります。
また、使用者が忙しい環境であることを踏まえ、階層深くまでメニューをたどらないと操作できないインターフェースは避けるようにしましょう。
ユーザビリティテストとフィードバック
実環境シミュレーションによる評価
ユーザビリティテストでは、実際の利用現場を想定したシミュレーションが非常に有効です。
たとえば、手術室の環境に近いところでシミュレーションを行う、ICUのように多くの機器や人員が入り乱れる場面を再現するなど、実情に合わせてテストを行うと良いでしょう。
また多職種連携の状況を再現するため、以下のようなメンバーをそろえたシナリオテストを組むことも考えられます。
- 医師(執刀医・指示を出す立場)
- 看護師(複数機器を同時に操作する可能性大)
- 臨床工学技士(機器保守のプロ)
こうしたシミュレーションにより、単純な操作性だけでなく、チームワークや情報伝達のしやすさなども含めた総合的なユーザビリティを評価できます。
結果分析と改善サイクル
テストで収集したフィードバックを、開発チームや品質管理担当者と共有し、次の改善に生かす流れを明確にしておきましょう。
特に医療機器では、設計変更を加えるたびにドキュメントの更新やリスク評価が必要となる場合があります。
そこでおすすめなのが、定期的な「改善サイクル(PDCA:計画・実行・評価・改善)」を回す仕組みづくりです。
ユーザビリティの課題が報告されたら、開発チームだけでなく品質管理部門や場合によっては規制対応チームとも連携して、設計修正のインパクトを検討します。
ユーザビリティの向上は一度で終わるものではありません。
新たな利用方法や改良モデルが登場するたび、現場の声を取り入れながら継続的にブラッシュアップしていく必要があります。
まとめ
医療機器のユーザビリティ設計を成功させるためには、以下のポイントを押さえておくとよいでしょう。
- 現場の声を初期段階から吸い上げる
- インタビューや観察、シナリオテストを通じて、医療現場のリアルなニーズを把握する。
- 優先順位を明確にした要件定義
- 安全上のリスクや業務効率への影響度を考慮して、実装すべき機能・デザインを取捨選択する。
- 段階的な試作とユーザビリティ評価
- モックアップやプロトタイプを活用し、短いサイクルでユーザーからのフィードバックを得て改良を重ねる。
- 実環境を想定したシミュレーションテスト
- 多職種が関わる実運用を再現し、チーム全体での使い勝手やエラーの起こりやすさを確認する。
- 継続的な改善サイクルの確立
- ユーザビリティは一度固めて終わりではなく、品質管理や規制要件と連携しつつ常にアップデートしていく。
私自身、医療機器の開発や品質管理に携わるなかで、何度も「もっと早く現場の声を聞いておくべきだった」と痛感した経験があります。
ですが、だからこそ「ユーザビリティに配慮して丁寧に設計された機器は、医療現場で本当に喜ばれる」という確信も得られました。
医療の世界は常に進化し続けています。
使用者のバックグラウンドや、運用される環境の多様性は増すばかりです。
これからの医療機器開発においては、エンジニアと医療従事者が双方向にコミュニケーションを取り合い、より良いユーザビリティを築き上げることが欠かせません。
ぜひ、現場の声を活かしたユーザビリティ設計で、医療の未来をより安全で使いやすいものにしていきましょう。